2011.02.14
第4話
「ちょっと買い過ぎじゃないですか?」
菓子でいっぱいになったビニール袋を両手にニコニコするマコを見て、ペー子が言う。
「あはは、そうかもなあー」
マコの適当な同意。二人は、二人の部屋にあがるために、靴を脱ぐ。ペー子は綺麗に靴を揃えて、マコは脱ぎっぱなしの右と左がそっぽを向いた状態。二人は何もかもバラバラだ。
「スタジオ、どうでした?」
「うーん、まあまあだね。やっぱりなんか難しいねー」
「ベースが?」
「そう」
菓子の袋を部屋の隅に投げるように置いて、寝かせられた白いエレキベースを手に取るマコ。右手の指先で弦を弾くと、鈍い暖かい音がした。
「マコ先輩、ベース上手いのに」
「はは。褒められちった」
思わず顔が赤らむマコ。
「小指がね。上手く動かないのさ」
「……高校の時もやってたんですよね?」
「まあ吹奏楽部でね。ウッドベースだったし。その時はコントラバスって呼んでたけど」
「へえ」
「ウッドベースってさ、左手の小指は一人じゃ動けないの」
そう言ったマコの顔は、微笑んでいるのにどこか複雑な表情だった。
「弦を押さえる時は、薬指と一緒に使う。まあ上手く引けないのはブランクもあるわな。全然楽器触ってなかったし」
「ああ、去年は部活もあんまり出てなかったんですよね?」
「そうそう。一年生でペー子が入ってきたから私また軽音にも出るようになったし」
「え?何言ってるんですか」
「やや、ホントだよ。なんつーか…女の子が好きだから?」
「そんなアホな」
それでも、悪い気はしなかった。銃奔放な性格に付いて行けない部分があるも、ペー子はマコのベースを弾く姿に憧れて入部を決めたのだった。四月の進入生歓迎会式典、軽音楽部が部活動の勧誘にステージで生演奏をした時に、華が足りないからと唯一の女性部員であったマコも、その時に他の部員から頼まれて出演したのだ。
「ペー子は、楽器やらないの?」
「今回の合宿ではギターやりますけど…もうなんか全然向いてない感じです」
「最初はみんなそうだってばさ。ペー子、声もかわいいしギターボーカルとかやりなよ」
「いやいやいやいや!!無理ですし、かわいくないですよ!!」
「かわいいよー、超かわいいよー。そして慣れる慣れる絶対いつかは出来る!出来るますよ!」
「そうかなあ…」
俯くペー子を眺めるマコ。一拍の間をおいてから、彼女はよっこらしょと立ち上がる。
「ちょっくら私はお便所に行ってくるのだよ」
「はあ。いってらっしゃい」
「いってきます、貴方っ」
「……」
ドタドタバタンと大きな音を立て、駆けて思い切りドアを閉めるマコ。
「元気だなあ……」
そう呟いて、ペー子もゆっくり立ち上がる。ふと、網戸に付いたカメムシに目が行く。昨日と同じ位置で変わらず動かない緑色。
「あ…これ死んでるのか…」
マコが帰ってくるまでのしばらく、彼女はぽつりとその緑を眺めていた。
インターネットの世界から突如現れ、2010年代の音楽シーンで最大の事件となったバンド「神聖かまってちゃん」のドラム担当。唯一メンバー募集で加入の女性メンバーでありながら、その空気の読めなさと腐女子属性をしてバンドに欠かせない存在に。
神聖かまってちゃんオフィシャルサイト
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