2010.10.03
第3話
「何か感触リアルだなーと思って。夢の中では綾波のおっぱいだったんだけど」
寝ぼけ眼にくちゃくちゃと音を立てて食べながら話すのは、サトケンという男子部員。マコと同じ二年生だ。別の学校の生徒を含め四十人余りの部員達に挟まれて並ぶ長机には、ご飯と味噌汁の入った碗と、白い平皿に各々の好みでよそった朝食のバイキングが乗っている。サトケンの目の前の皿にはソーセージ、納豆、卵焼きが山盛りになっていて、それを見てペー子は…
「どんだけタンパク質摂るんだよ」
と、心の中でツッコミを入れた。
「しかし本当に柔らかかっ…」
言いかけて、ペー子の冷ややかな目付きに気付いてやめるサトケン。
「いやっ、ごめんなマコ!綾波にこう、胸の方に手を引っ張られてさ。触ってみたらやたら気持ち良くて、あれって思って目ェ覚めて……そしたら揉んでいたんだ。お前のおっぱいを」
「別に私は気にしてないって。ただ私は綾波より乳でかい自信があるさね」
ペー子とマコは昨晩、男子部屋で晩酌していたまま眠ってしまったのだった。
「マコ先輩もマコ先輩ですよ。なんでノーブラで男子の部屋とか行けるんですか。ありえない。ブラ付けてたならまだしも」
「てか、なんであんたが怒ってんの」
マコの問いかけに一瞬、言葉を詰まらせるペー子。
「わ、私は嫌いなんです!そういうフシダラで大学生な感じが」
「なんだー残念。ヤキモチでも焼いてくれてんのかと思ったんだが」
「はぁ!?」
思わず大声が出てしまったペー子に、周囲の視線が集まった。ペー子は渋々顔を俯かせ顔を赤くする。
「俺挟んでうるせえなあ、お前ら……」
マコとペー子の間に挟まれた眼鏡の男は、呆れてぼやいた。サトケンの前にマコ。その右隣のさらに隣の席にペー子は座っていた。男は言葉を続ける。
「あー、もう八時四十五分かあ。あと十五分でバンド練習だぜ俺ら。俺がジャンケン負けたからこんな時間になっちゃったんだけどさ……こんな朝っぱらからドラム叩く気になれねぇーよなーもう」
「まじで!!やばい、私ベースの弦張り替えようと思ってたのに時間ないじゃん!」
マコは慌てて味噌汁を口にかき込んだ。
「どうせ急いで食べても、号令がないと部屋戻れませんよマコ先輩」
ペー子が言うと、まあそうなんだけど、とマコは返す。
「そういやマコ、スコアって持ってる?俺家に忘れて来ちって」
「え、サトケン音源も忘れてきたっつってなかったっけ?」
「そっすね!!」
「あっ、そっすよね!!」
元気に誤魔化すサトケンに、笑顔で応えるマコ。眼鏡の男はため息を吐いた。
「じゃあちょっと、朝スタジオのバンドもあるからそろそろ号令しまーす。えーっと……ペー子、号令よろしく。食事中に喧嘩したらダメだぞ」
朝食終了の号令は、部長に指された者に託されるのがルールと合宿のしおりには書かれていた。
「ええ、私ですか!うーん……ご、ごちそう、さまでした……」
ペー子に続いて、ごちそうさまを一斉に叫ぶ部員達。一列の長机を隔てたところに纏められている別の学校の生徒たちは、まだ食事を続けている。マコは、忙しない音を鳴らして空いた食器を重ねた。
「ペー子さあ」
「?」
「私のスタジオ終わったら、お菓子買い行こ。部屋で一緒に個人練でもしながら食べよ」
「……はい」
ペー子の小声の返事に、マコはニコリと歯を出して笑った。そしてぐしゃぐしゃとペー子の頭を撫で、すぐに小走りで去って行った。ボリュームアップされた髪のペー子はマコの後ろ姿を目で見送り、デザートのカットパインにフォークを突き立てた。
インターネットの世界から突如現れ、2010年代の音楽シーンで最大の事件となったバンド「神聖かまってちゃん」のドラム担当。唯一メンバー募集で加入の女性メンバーでありながら、その空気の読めなさと腐女子属性をしてバンドに欠かせない存在に。
神聖かまってちゃんオフィシャルサイト
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