2010.08.20
第1話
「うさぎだなー、うん。ロップイヤーが良いね、特にライオンロップって種類の」
「うさぎ?何かわいこぶってるんですかマコ先輩」
貸切状態になった午後九時半の女湯の大浴場に、二人の声が反響した。
「ぶってない!ガーリーだし私。何が出てくると思ったの」
「いやなんか、土佐犬とかですかね」
「……ああそう……しっかしペー子は身長もなければおっぱいもぺたんこだなあ!
私が揉んで大きくしてやる」
「乳がでかくても特に良いことなんてないですよ!」
「そんなーちょっと分けてあげるよー」
ペー子はこの春、都内の大学に入学したばかりの一年生。入部したこの軽音楽部の夏合宿に参加するのも、まだ一年目だ。山梨県にある音楽スタジオ付きの宿で、八月半ばに毎年行われる四泊五日の軽音楽部の夏合宿。今年は本日が初日である。一緒にいるマコはぺー子の一つ上の二年生だが、去年まではいわゆる幽霊部員であったらしく、夏合宿はペー子と同じく初参加だった。電車と高速バスでの長旅の疲れを、彼女たちは二人では広すぎる浴場で癒していた。ぺー子は肩まであるボサボサの髪をそのままに、マコは長い黒髪を頭のてっぺんでお団子にして湯船に浸かっている。
「ところでぺー子、どうして突然好きな動物の話?」
「せっかくの女子部員同士、お互いをもっと深く知るべきかと」
「去年は女の子が私一人だけだったからなあ…今年も二人だけだけど」
「私は割りと男友達多い方なんで、全然苦痛ではないです」
「そうか。私はなんせガーリーだから、男ばっかと一緒だと疲れちゃうね」
(世間一般のガーリーな女子大生は、乳揉んでやるとか言わんだろ)
思いながらも、ぺー子は口を噤んだ。話題はうさぎに戻る。
「マコ先輩、飼ってるんですか。そのライオン…なんたらって」
「ライオンロップね、飼ってない。過去に飼ったこともない」
「そうですか」
「垂れ耳のうさぎでね、ボサボサでライオンみたいなのよ耳の毛が。
ちょうど今のあんたみたいな」
そう言われて、ぺー子は思わずシャンプーして湿気た後でも纏まらない、ボサボサの自分の頭を掻いて俯いた。“ぺー子”というニックネームは、マコが付けたものだった。ペー子は元々しつこいくせっ毛で、その名の由来もピンクが好きな某芸能人夫婦から取ったもの。最近、そのくせっ毛を直毛に直そうと縮毛矯正をかけた後にカラーリングをしたところ、失敗してライオンの鬣のようになってしまったのだった。
そろそろあがるわ、と一言告げて、マコが先に湯船から出る。無言でペー子も続いた。脱衣所で簡単に体を拭き、全裸のままドライヤーを手にするマコ。ペー子が下着を身に付け部屋着のジャージを着ようとした時、横目からマコの様子が目に入った。解かれたマコの長い髪が、艶やかに柔らかくドライヤーの温風でなびいていた。ぺー子は、吸い込まれそうなその髪の輝きから目を逸らすのが惜しくなった。彼女は、自分と対称的なサラサラでストレートなマコの髪に憧れていた。
「性格さえこんなにガサツでなければ…」
「?」
そう呟いて、ペー子は黒髪から視線を外しジャージの袖に腕を通した。
インターネットの世界から突如現れ、2010年代の音楽シーンで最大の事件となったバンド「神聖かまってちゃん」のドラム担当。唯一メンバー募集で加入の女性メンバーでありながら、その空気の読めなさと腐女子属性をしてバンドに欠かせない存在に。
神聖かまってちゃんオフィシャルサイト
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